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2014年11月26日 (水)

考え事。

大雨の中ロータリークラブに行って来ました。
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帰りの渋谷駅。東横線ホーム近くを着物姿で歩きながら、同時に4つのことを考えながら、多分...私の顔は険しかったと思います。
考え事の私の視界に私をじーっと見ている女性。
私もその方のお顔をボーッと、互いに視線があったまま
「矢作さん!?」
「えっ?…..あ、ああ」
「あの〜 凄く疲れているお顔でしたよ….ショーの事で大変ですから...ね」
「あ!ご、ごごめんなさい。いや、頭の中が様々な事で…大変な事になっちゃってて〜」
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いかんいかん。
何時何時どんな所で誰が見ているか分かりません。
いつも微笑み
微笑み道。

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2014年4月 4日 (金)

桜の会

桜の会に行って来ました。

大臣以外は200名女性のみ。

これまでの様々なご縁が交錯します。

大臣のご挨拶で
「安倍政権になって評価されているのは経済と教育」
内閣府の評価だそうです。




※大臣の秘書の木村氏とのツーショット。
左の先生は秘書ではございません。違います。404

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2014年2月11日 (火)

ものづくりと競技者

様々局面においても、現在の私は正念場にあると思います。
挑戦できる「豊かな自由マインド」と日本と言う環境、子育ても一段落、目標がある事。しかし、挑戦する方向に突っ走らなくてはならない「限られた時間」が背中を追っかける----そんな現在です。

そんな中、作業場の裁断台と着物を保管する棚が限界で.....数少ないスタッフと「きもの」に負担を強いており、昨年の暮れに棚と裁断台を二台、限られた予算の中で作ってくれる所を探していました。

無理難題の予算と、無理難題の棚と裁断台に果敢に挑戦してくれたのは、Do Justiceの開店当初から様々な什器を作ってくれた、松本にいる木工職人さんでした


彼はDo Justiceのアメリカのスタッフの友人でアメリカ人です。
「木」が好きで好きでたまらなくて、木工の事になると止まらない人です。結婚して松本の木工所に義父さんと一緒に働いていますが、アメリカにいる時から木工に魂をともにしている人です。

「大丈夫。OK。その金額でやるよ」

そして、2ヶ月経ち、松本から義父さんとレンタカーに全ての作品を乗せてやって来ました。
朝10時に到着の筈が、夜8時に到着。雪の影響と高速道路渋滞で10時間遅れての到着でした。

既に帰るべき時間を当に超えて「そのモヤモヤ」は誰も受け止める所が見つからない状況でした。さらに、私がやるべき事として環境を整えるよりもまずは、経営として成すべき事優先という強い葛藤もありました。

しかし、レンタカーから運び出される木々のその出来映えに.....魂を揺さぶられる様な感動なのでした。

見えない所迄奇麗に鉋をかけ、決して手抜きをしていません。
棚の色は指定の通りに丁寧に丁寧に塗られ、隅々に至る迄まるで器に施すそれのように奇麗なものでした。
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女子モーグル4位だった上村愛子さんが暫くモーグルを離れていた時に「モーグルを始めた頃は本当に楽しかったけれど、段々苦痛になって来ました。離れてみたら、当時の楽しさでもう一度挑戦しようと思う事ができました」と言う様な事仰っていました。

「生活のため」「お金のため」「金メダルのため」

本当はそれが科せられたミッションなのだろうけれど、大事な事は「好きで好きでワクワクしてたまらない」という「目標」までの「自分を挑戦」なのではないだろうか.....

「見えない所は手を抜いて、あるいは安い人件費を中心に海外に造らせて」それが主流の経済発展の中で、松本から運ばれて来た一つ一つを大事そうに設置しているそれを観た時「人の力」こそ生き甲斐なのではないかと思うのでした。
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裁断台をよく見ると、所々黒くなった木、斑点だらけの木などを丁寧に寄せ木して一枚に仕上げています。
質は同じでも、見栄え的に欠品された材木を心からの技術で寄せたのだと思いましたが、手触りがシルクの様に滑らかな仕上がりに「木が大好き」を感じるのでした。

これらに囲まれ、何よりも力を頂き、向かう正念場に勇気をもらいました。いくぞ〜

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2014年1月22日 (水)

正念場と蛸の足

一年を振り返ると......中途半端だった。
ゴールの画像は見えているのに、やる事が中途半端だった。

今日は大学院の授業に行って来ました。
昨年の中間発表で、散々な評価を頂いた私に科せられた「コンテンツの見直し」
そりゃあ、誰もがやった事のない分野の研究に学際研究もあったもんではないし、ファッションの分野に全く疎い教授達にあって「イスラームの服飾」などというトピックにメスを入れる事は教授達にすれば「政治?」「宗教?」と言われるのが必至だ。これは政治なのだと言うコンテンツ。そこが「胆」。

今年、2014年の5月のジャカルタのJCCで行われるイスラミックファッションショーに参加予定の私は、中間発表以降を休学し今年の夏の中間発表に挑む決意をしました。

しかし、様々なイベントや、発信を積む事で「着物の業界やファッション業界に進出する道」を余儀なくされている今、圧倒的に「ながら族化」しています。

修士も含めた蛸の足流四方に広がる活動に「一つに絞ったら」と殺気を感じる私も「今年こそ正念場」

挑戦と言うよりも、広がった足の姿が「蛸だった」事を証明する「正念場」なのであります。1022

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2013年8月16日 (金)

荒削り時代

大学卒業して、初めての就職は女子高校の先生。

荒削りの教師。

大好きなバレーボールの授業で、全く出来ない生徒を審判にさせ、私は生徒の中に入って一緒にプレー。
授業後、体育館の中で数人の輪。
審判にさせられた生徒を囲んでいた一人の生徒が
「先生!酷い!彼女は傷ついたのよ!!!」

丁度、昼休み前の授業だった。

私は昼食も摂らず、彼女の教室に向かって教壇に立ち
「○○さん!本当にすみません!先生を許して下さい。」と暫く立ったまま。

「先生.....もういいよ」
35年も前の事なのに、未だにその教室の入り口と教壇、生徒のお弁当時間の光景は忘れていない。

荒削りは、こうして丸くなって行ったと思う。1186933_596549467034952_1001197244_

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2013年8月15日 (木)

使命感と命

2012年。内戦が激化しているシリア北部アレッポで20日、反体制武装組織に同行して取材していた日本人女性ジャーナリストの山本美香さんが政府軍の一団に銃撃され死亡した。
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今日は終戦記念日。

「国家」
「組織」
「宗教」
と言うとぼけてしまう「一つの命と備わった心」

日本は平和です。
多くの犠牲 (命の他、様々) の上に、我々はここ日本で生きています。
多くの人が自殺をする現在の日本。
一方、世界中には上空からの空爆や攻撃に怯え「子供を守りたい、生きたい」
命が今も悲鳴を上げています。

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平和で豊かな日本に「働かず、何もせず、不幸を作る」人もいれば、平和な日本で、まるで使命感を背負い、空爆の中を生活する女性や子供を撮り続け「平和の尊さ」の発信に命を捧げた女性もいます。

山本美香さん。

ひとりの女性が「平和の尊さ」を身体を張って、散って一年。
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シリアからの電話で訃報を聞いた最大の理解者で、最大の反対者である、彼女の両親は心の底から声を上げて最愛の娘の死に泣きました。

戦争という人間の闇。

彼女の冥福に涙が止まらない。
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2013年8月14日 (水)

武士の夢20年

終戦記念日を明日に向かえ、平和の時に生まれた事に感謝をします。


平和だから幸せ....
と言う事に留まらず、平和な国に生まれて来た自分を活かす事を考える毎日。平和ならどんな困難にも「道が開ける」と言うのが持論です。
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嘗て教師13年めを迎え「3人子供を抱えての、教師生活に加え、主人が医学部の6年生」遠距離婚 (離婚ではありません。
あしからず)も最後の年に、自分の人生などと考える余裕もありませんでした。
ただ、頼みの綱の24時間制の保育園が開発で急に閉鎖と言う知らせに、「なんとかしなくては.....」目の前の困難と向き合う事で精一杯。

嘗て民主党の掲げた「子育て支援」や自民党の女性の支援「女性の為の3年育休」「男性の育休」等、全く考えもつかない時代でした。
一時期は職場近くへの引っ越しも考え、不動産屋で見る賃貸物件は「ペット、子供お断り」の時代でもありました。
たかだか20年前の事。子育ては全て現場のお母さんが考えなくてはならない当然の事でした。
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三人の子供を抱え、3ヶ月足らずの職場復帰で見つけた手段が、東京から新横浜迄を新幹線で通勤すると言う案でした。

名案でした。

目の前が開けました。

3ヶ月たらずの産休中に、家で出来るイラストの仕事を見つけました。
リクルート社の試験を受けに行き、見事合格し毎月100点の絵を納品して10万円貰えるバイトをゲットしました。
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新幹線通勤の一年間。
無我夢中と我武者羅は「武士の夢」の様な毎日でした。

あっと言う間の20年。

今ようやく「自分の人生」を考える余裕を持てました。
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明日は終戦記念日。

平和に感謝します。
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2013年8月13日 (火)

母の幸せを。

振り返ってみると、この頃が一番大変だった様に思います。
教師を辞めて、主人の手伝いを始めた頃。
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朝から晩まで仕事をしながら、子供を育てる。
物理的に、精神的に目一杯だったと思います。

長女が七歳。
七五三の着物を着せてあげようと、確かバーゲンで購入した3歳と7歳のセットを自分で4人に着せました。
子供達には申し訳ないけど、これ以降、我が家の七五三のセレモニーはありませんでした。
長女は何でも最初です。
だから、親も頑張りました。
親として一年生で、手探りの子育ては不器用だったかもしれない。
どこまで行っても最初の体験。
でも、どんなに苦しいことも、あなた達が私のPowerを引き出してくれていたのかも知れません。
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生まれていなかった四女はすでに16歳の高校二年生。
長男はひとり、インドで大学生。
三女は最後の大学の夏休みに車の免許合宿。
次女は長年住んでいたサンフランシスコからの引っ越し後、帰国してすぐにカンボジアで芸術活動。
長女は人生の最大の岐路に立つ26歳。

七五三の着物を着せる事は親の仕事と、親の満足としてやらせてくれたけど、すっかり成長したあなた達は自分にあったスキルという着物を自分で見つけなくてはなりません。
七五三の着物の様に親が選んだ色を強制的に着せる事は出来ません。
親は子供の幸せを誰よりも考えますよ。

そして、親として子供の為に---を当たり前と思う幸せの経験をありがとう。
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そして、来年。
私は「母の心」として、モンゴルで沢山のシベリア抑留者を鎮魂するイベントに邁進します。
そう思わせてくれたのも私を「母」にしてくれた子供達のお陰。

お互いに頑張ろうね。

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2013年8月12日 (月)

笑顔

渋滞の原因は工事。
二車線から一車線入り。
不機嫌者たちを出迎える「ぴょん吉ぴょん子チャンたち」。
思わず、怒ってゴメンね...って言いたくなります。
怒ってんのに、こんな顔で「こんにちは」だもんなあ......

「笑顔」の大切さをこの子等に教わりました。

さて、今日は我武者羅ではありません。
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2013年8月11日 (日)

ゆかたウェスタンで出勤。

8月10日。ゆかたウェスタンを着て運転。
表地は有松絞りに1970年代のロウケツ染めの浴衣地。裏地がさらしで気持ちいいです。
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8月10日(昨日)は忙しくて、アップ出来ませんでした。

Shopにいらしたお客様。
恵比寿在住のアメリカ人のイケメンの黒人さん。迷わず、ジーンズをオーダーして下さいました。
お選びになった西陣帯は結構派手め。

オハイオ州からご両親もとても素敵な方で、たまたま着物をいていた私は、色々と日本の着物の説明。一緒に記念撮影したり、国際交流。....しかし、既にこの時、青山で待ち合わせしている方をお待たせしていました。
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お会いしたのは松下幸之助氏の息子様。

実際にアメリカのシカゴに20年間お住まいで、現地Panasonic従事。
PHP誌で中心的な働きをしていらっしゃった方です。

お会いした瞬間から、全く初対面と言う気がしませんでした。
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昨年他界した私の父は戦争中16歳から18歳。
潜水艦に乗っていました。
終戦からラジオ店を開業。
私の生家は「松下電器一筋」でした。
小さなラジオ店でも松下電器には貢献し、幸之助氏直筆の色紙が入った額縁が居間に掛けられていました。
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昨日は、直筆の「青春とは心の若さである...」の逸話を一番身近にいらした息子様に伺え.......ふと父が横にいる様に思えました。

7月26日自身の誕生日に息を引き取った父が喜んでいる様に思えました。


率直に、対談をお願いしたら、快く受けて頂き、「松下幸之助」をTradition JAPANでお話して頂くことになりました。

更に先日、紫綬褒章を受賞なされた河口洋一郎先生もお受け頂き、先生のデザインした近未来の着物を私が着ての対談となりました。
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今朝、半蔵門線で中目黒へ。
車内で読んでいた「イスラームの本」で私に閃きが降りて来ました。
一旦、今年諦めようと思った論文に「地球的着眼点」に気付き、今年挑戦する事にしました。
その後もっと研究し、博士に挑戦しようと思います。810

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