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2014年11月 2日 (日)

無駄無い経験

データの整理をしていたら、凄く懐かしい写真のデータを発見。
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2004年にアメリカから帰国したばかりの頃、暫く日本橋堀留町のビルに席を置く事になりました。
ビルのB1で「タイ料理中心のレストラン」を開業すると言う事で、私にその責任が任されました。
一から開業で、業者との打ち合わせは内装の設計、消防署の届けから人材募集、面接、メニュー絞り、食器やインテリアの購入、看板デザイン、サインデザイン、様々な業者との打ち合わせ、店内のメニューづくり…..
途中、前金を持ち逃げした業者とのトラブル….。
人を迂闊に信じてはならないコトを嫌というほど知りました。
店名も私が考えました。
採用したスタッフには「我々はチームであり、この店を自分だと思い頑張ろう」と一致団結。
店のコンセプトは「女性一人でゆっくり呑める店」にして、コスチュームもマークも考えました。
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日本橋堀留町は東京の「着物問屋街」で有名でした。
真ん前の道には「織物通り」と命名されている程。
ランチタイムは大変でした。
店の入り口をはみ出す人人人…..本当にこの時間は大変でした。
その味や雰囲気、価格の安さにネット上に良い評価をされていました。
基本、私はビルの事務所一室でMacに向かって、製作仕事をしていましたが、アルバイトの人が突然に休んだり、人が足りなくなると制服でオーダーを取ったり…..
アルバイトには頭を抱える時が多くなりました。
昼間は沢山の勤め人が多く行き交いましたが、一方、夜になると途端に人がいなくなるエリア。
そして、織物通りにはポツポツと閉店する「着物問屋」
それから、このビルが数年前に売却と同時に、この「アジアン厨房」も閉店。
今でもその味の良さは忘れる事ができません。そして、短い時間でしたが、採用したスタッフとの熱い日々は「貴重な私の経験遺産」です。
売却する前、一階の元着物問屋の店鋪ではじめた「Do Justice」きものウェスタンと言う世の中に無い「着物を世界へ」のDNAはここからスタートしました。
1956年に私と言う「人間」が生まれ、その運命に導かれ向かう道。
経験に感謝だ。Photo


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