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2014年10月31日 (金)

本筋

襟元の些細なアイディアで、格段に美しく着こなせる様になりました。
「着物とはこういうものだ」という洗脳は「伝統」という名の基に「美意識の本筋」から反らせていると思います。
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さて最近、着物検定あるいは「着付け」検定というものがあります。
教室を開く為や就職の為の客観性が目的だと思います。
ある意味では「着物を普及させる」為に必要と言う「本筋」から出来ているのでしょうが、それに疑問を生じるがありました。
昨日、私を訪ねて来た方に「矢作さん。検定ではひまわりの着物を冬に着ては駄目なんですよね?」と言われました。
確かに、着物には「四季を先取りする」事で、おもてなしの気持ちを表すと言う美意識があります。
例えば、梅の花の着物を梅が咲く時期の前に着て、それを見た人の目に「もうじき梅の季節」を感じて頂くというように。
「季節」だけで言えば、着るのは間違いとなるのでしょう。
しかし「おもてなし」という心があれば、「梅が大好きな方」に喜んで頂く為に、それを着る事も「美意識」だと思います。
-------------------------------------------------------私はこう答えました。
「ひまわりはロシアの代表的な花です。もしも私がプーチンさんにお会いする時には、例え真冬でもひまわりの着物を着て会いに行きます。それが間違いだとは思いません。きっとプーチンさんはとても喜んで下さるでしょうね。」
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本気で着物と言う素晴らしい文化を継承したいなら、「間違い」や点数を付ける「検定」を考える前に、「おもてなし」という心を表す「日本の美意識」の本筋を小さい頃に教育の現場で感じてもらう事のほうが大事ではないかと思います。
ラジオで「民芸」の話題を取り上げていました。
『茶碗の使い込んだ染みや、罅に「美意識」を持つのは日本人だけです。』
と言う様なお話をされていました。
その世界とおおよそかけ離れた、現在の西洋化した生活に溢れる日常の繰り返しの中では美意識は子供達の中にも育って行くとは思えません。
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今迄、着物の衿のサイズはこれで、襦袢のサイズはこれ、帯の幅のサイズはこれで、…とまるで検定の様な洗脳の中にいましたが「美意識の本筋」から着物を観るともっともっと血の様に流れる素晴らしさが沸いて来ます。
今日の襟元は襦袢と着物の些細な改良で今迄以上に「凛」とした胸元になりました。
着物に関わらず、本筋は何かと言う根っこを考える事は何にでも通じるとだと思います。1031


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