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2014年10月11日 (土)

着物の哲学

Fashionの流行は春夏秋冬、景気、様々な背景で決められ作られます。
そもそも「人間」の特性である「飽き」をうまく利用し、ファッション雑誌やマスメディアとの連動で、世界経済は活性化の為に「流行」に走ってもらうことも大事な訳です。
 
『スカートの丈』
ミニなのか、膝丈か、ミディなのか、マキシなのか…..バルーンなのか
色と並んで、いつも流行のPointになっています。
着物の世界は身体をすっぽりと包んだお決まりの形。
だから、襟元の僅か1cmの開き具合や襟足の見え具合で「色気」や「女性の淫ら」な感じを演出できます。
そんな1~2cmで印象が変えれ、大きく演出できる….そんな世界が着物の魅力だと思っています。
草履を履く白い足袋ので具合も1cm隠れるか隠れないかのバランスの具合で、品の良さも大きく違います。
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そして、最大な違いが袖丈。
こうして、大人の振り袖という「邪道」を続けていると、新鮮です。
私の着物の袖丈は60〜72cmが中心ですが、49cmというのが特に既婚者の皆さんがお召しの長さです。
西洋のFashionに袖の長さも、パンツ裾の長さも、衿の開き具合も自由な表現として、流行を作る訳ですが、着物の世界はその「10cm」という世界にある空想がイマジネーションを掻き立てるのです。
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先日、そんな「僅かな長さ」談議で、穂積和夫マエストロと盛り上がりました。
伝統のTrad fashionの世界はそのような「決めごと」を大事にしている訳ですが、着物の長い歴史の中、大きな型はあれど「邪道」で遊べる世界は良い意味で「型破り」として面白い。
私の中では、それも着物の魅力だと思っています。
最後に、どんな邪道をしても、着る時は「胸を張って、凛と立つ」
それが一番だと思っています。


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