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2014年4月

2014年4月30日 (水)

頭脳と体力勝負

昨日、モンゴルの有名な歌手であるBoldさんから写真が届きました。
モンゴルと日本の文化交流。伝統文化である民族衣装「きもの」をリスペクトしている私の考えに感激し、自分もモンゴルの伝統を大事にしていると言う事で、無料で歌を唄って下さることになった上に、ご自身の写真も沢山メールで送って下さったのです。

すぐに、私なりのイメージのポスターを作りました。
没頭と同時に、各出演者や同行の方々への契約書を全て作成しメールで送りました。
異国でイベントを主催する。その演出からコーディネイトと更に異国のコンサルとのやり取り.....目一杯フルに頭脳と体力を使っています。

58歳のお祝いに波多江さんが昨日、お花持参してくれました。ありがとうでした。430

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2014年4月29日 (火)

残すと言う哲学

色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)で、昨年6月に78歳で亡くなった有田焼の14代酒井田柿右衛門さんの長男、浩さん(45)が今年2月4日、15代を襲名した事は記憶に新しい。

今朝、いつものように「特ダネ」を見ていた私に、北海道にいる主人から「NHKを見てみな」電話がきました。

「それじゃあ見てみるね」 チャンネルを変えると、生前の14代目の柿右衛門が取り組んでいたJR九州に納品する洗面鉢製作のシーンでした。

手術で摘出した癌が再発し、薬の副作用を押して、切羽詰まった作業を取材していたものでした。 代々長男が継承し襲名される「柿右衛門」。

長男として生を受けた現在15代目になった浩さんは、物心ついてから「父親は絶対で、話をするだけで緊張を覚える」存在だったと言いいます。

小さい頃から薪を窯にくめる浩さんは15代目を天命とされていた訳です。

多摩美を途中にして、柿右衛門の跡継ぎとなった浩氏と、病魔と戦う父14代目。

JR九州の豪華列車に設置する洗面鉢の製作は、病魔に冒されながら必至に没頭する父から失って行く体力。

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人はいつの日か、現世に別れを告げなくてはならない日が来る。
嫌だといくら思っても誰もがその日を迎える。
呼吸が苦しくなった14代目は口に酸素のスプレイを当てながら、息子に「悔いなく伝えきれる事を」バトンタッチする覚悟したに違いないでしょう。
厳しい口調で 「他人に良く見せようと思って描いている絵になっている!勢いが無い!」
病魔に冒される父に見せる浩さんの墨の絵付けに対するダメだしは、何時もに増して厳しかった。
「自分がいいと思う線を自信をもって勢い良く描きなさい」 それは、現世に残す覚悟に満ちた言葉。
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脈々と続く14代目柿右衛門が15代目に残した教えは「伝承する柿右衛門」と言う枠だけでなく、人間として深く、固い「哲学」の様に今の私に響くのでした。
自分がこれだと思う事に自信をもって勢い良く さて今日も頑張ろう。
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2014年4月28日 (月)

素直はプライドに勝る

428 異国との文化交流は些細な事が誤解を招く。 文化の違いや価値観の違い。 異国の常識が、そうでない事の方が多い。 ビジネスがお金で動くなら、契約や約束の覚え書きがないと、損得のトラブルになる。当たり前の事なのに「信頼、恩、義理、人情、友情」なるものが暗黙存在する段階の私です。 それは「アマチュア」 昨日、中目黒迄長女に運転士してもらった車中で、ウランバートルでの出来事と、出演者のマネージャーに言われた事を話ました。 すると娘に「お母さん!そんな所と組むのは辞めちゃいなさい。それから、はじめる前に具体的に細かく契約書を書いてお互いに徹底して合意しないとだめ。お金をもらっておいて、後でなんだかんだ言うのはアマチュア。特に国を超えてなんだからしっかりして!」 と今の自分の経験談を交えての一喝。 しかし、私が現地で経験して来た100のうち50程の情報だけで真っすぐパンチを入れて来た。 でも、そのパンチは確かで、残りの50の言い訳のシュツエイションがあったとしても、大事な事。 娘からのパンチを素直に受け入れるのでした。

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歳をとっても、素直に聞き入れられる所は大事な事だと思う。 例え、人生経験まだまだの娘の刺のある言葉でも、聞き入れる懐の大きさはだいじである。

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しばらくしてこんなメッセージが入った。 読んでいて、涙が出ました。 閉店後、若者がネクタイを買いに来てくれました。 私の一言一言に耳を傾けるその純真さに、素直と言うプライドに勝る力を確信するのでした。

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2014年4月27日 (日)

今日のお天気は最高。
外の空気を吸うだけで生きている.....と思う。
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昨日、
「モンゴルの講話会に残念ながら参加出来ないけど、何か手伝いたい」
そんな謙虚でありがたい応援団のひとり中村君が会場セッティングをしてくれました。
「先生。僕たちは先生の力になりたいのですが、具体的に何をしたら良いか教えて下さい」
そんな事も言ってくれた。

昨年たった一回「講演をした」だけ。
彼等の教師だった訳でない私に、様々なシーンで私を助けてくれる。

生きて来て、こんな財産は易々作れるものでは無い。

まして、彼等の母親以上の年齢の私に....です。
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今朝の一本の電話。

この電話で私のこれ迄やってきた様々な枝葉末節な事の幹が出来上がると思えるのでした。
一本の電話は常に付きまとうグレーゾーンを払拭してくれる「光」だった。
そのタイミングで、岩手大学の鈴木教授にお会いするプランがあった。
先祖が仕組んでくれた粋な計らいだったとしか思えませんでした。
「サムライの顔していますよ」
鏡を見たら、確かに私の中で何かが変わりました。


自分の置かれた立場は「砂上の楼閣」そこからようやく独り立ち出来る。

そんな思いで、サムライの心で着物を着て目指す銀座に出掛けました。


鈴木先生にお会いして
「先生。先生との出会いは運命です。日本を変えましょう!」

「矢作さん。矢作さんが欲する事の力になりますよ」

6次事業。

一本の桑の木プロジェクト。

地方活性。

東北ウーマンプロジェクト。

着物文化を世界へ。

その枝葉が幹になる。
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沢山御応援を受けて、不可能な事を進もうとする58歳。
途中で止める訳にいかない。
そのつもりも無い。427_2 427


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2014年4月26日 (土)

富岡製糸工場

2010年の夏。 群馬県の富岡市にある富岡製糸場に行きました。 知人の紹介で、特別に「今井館長」さんにご案内して頂き、観光客が入れない所迄館内を拝見する事ができました。 フランスのリオンからブリュナ博士を筆頭に、数十名の技術者や医師を迎え、近代化国家に向かう日本の国営会社としてスタートした工場です。 フランス人の飲むワインを貯蔵する地下倉庫もありました。 群馬の民が赤いワインが地面にこぼれているのを見て「フランス人は人の血を飲んでいる」とまことしやかに噂が流れたと言います。 フランスの技術で地元で焼いたレンガを縦横の組み合わせるその手法。 100年以上も耐えて、当時そのままに建立するその姿の由縁を見た気がしました。 正に文化の融合。 4年前に、館長はじめ多くの関係者が高齢であった事を、危惧しました。 『早く遺産登録を...』そう願いました。 館長室でお話をした際に、「矢作さん。僕は一発打ち上げ花火のようなイベントは臨んでいないんですね。毎年まいねん続く祭の様なイベントが大事だと思っているのです。」 私も凄く同感しました。国の予算や、多くの寄付スポンサーが付いて派手な演出で一回こっきりのイベントでは、歴史が浮かばれない..... ------------------------------------------------- そして、今朝。富岡製糸場がイコモスに認定されほぼ確実に登録が決まりました。 -------------------------------------------------- 私がモンゴルと日本の文化交流で拘っている事は「毎年行う」と言う事です。 これは、4年前の今井館長の言葉が生きているのです。 御目出度うございます。 そして、私も頑張ります。Photo

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2014年4月21日 (月)

微笑み

なんだかんだ。 心配事や悩み事、うまく行かない事が同時期にみっつはなんとか出来るけど、それ以上抱えると、呼吸も辛くなる。 しかし、そのひとつひとつをクリアした時に、昨日の自分よりも大きくなる。 様々なブレーキは乗り越える為の予防接種のようなものだろうか。 どんなときでもSmile。笑顔。しかめっ面でも笑顔でも一日は平等。 今日も笑顔だ。421

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2014年4月19日 (土)

運命

3日間様々な体験と出会いに満ちたウランバートル。

16日に訪れた日本大使館は3年ぶりでした。


あいにく清水大使は日本へ帰国されていてお留守でした。

全ては3年前、日本大使館の待合室で青山三等書記官の「オペラ劇場は日本人が作った」というお話から始まっていました。
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再び訪れた今回、大使館の中、二階にある応接室まで入っていきました。
対応された林参事には既に私の事が伝わっていました。

「全ては青山さんの話して下さったシベリア抑留者の話が始まりでした。多くの諸先輩方に、太鼓をオペラ劇場で響かせその命を鎮魂したいという事で、何年も何年も継続を前提にした日本モンゴル友好の文化交流をする為に頑張ってきました。」

「昨年の安倍総理のモンゴル訪問によって、日本とモンゴルは急速に接近。モンゴル大統領は何度も安倍総理の私邸に行かれるほどです。友好のスピードは本当に目を見張るものがあります。矢作さんの行動と何度も出てくる『魂』というそのお話のスピード感。それは安倍総理に重なるものがあります。......そして、驚いているのは青山がシベリア抑留者のお話をしたという事です。青山はそう言う事を言う奴でないのです。」
そして、その後に聞いた時、涙をこらえる事ができませんでした。

「清水大使は、今帰国していますが、実は大使のお父様はシベリア抑留者としてウランバートルでお亡くなりになっています。大使はご自身でモンゴルの大使として赴任されました。もしも、今日大使が矢作さんにお会いしたらさぞ喜ばれたでしょう。」
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私が3年前に大使館を訪ねた時、まだ新任の大使が決まっていない時でした。その後すぐに、清水大使が赴任。
お会いしていない大使のお父様への思いを強く感じ『私が今ここにいる事も、オペラ劇場に立っている事も....そう言う事だったのか』...それは理屈ではなく使命のようなものを感じたのでした。

後援:日本大使館

6月24日ウランバートル オペラ劇場にて
第一回 モンゴル日本文化交流オベラ劇場文化祭

私も人生を掛けます。

酷寒の地で「日本へ帰る事を夢見て、桜を見る事を夢見て、餓えと疲労と寒さで散った先輩方に比べれば、私は何でも出来る。44

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2014年4月15日 (火)

とうとう

Opera劇場。ここを日本人シベリア抑留者が作った。
時を越え、重なる思い。
六月二十四日。
この場所で、公演する。

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2014年4月13日 (日)

さて、いよいよ。

明日14日。
モンゴルへ。
僅か3日間。
着物を3着持参し、様々な方々との面会。
6月24日の為に、人生を掛けて3日間を過ごします。

18日に帰国。

自分のBirthdayをウランバートルで、スタッフのメラと祝います。
さて、58歳のBirthdayがバラ色に染まる事を信じましょう。

メラには
様々なシーンを撮影してもらいます。

ドキュメンタリーも始動します!!

※合成の画像はウランバートル413

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2014年4月12日 (土)

金閣寺

三島由紀夫の金閣寺。

赤坂アクトシアターに行って来ました。

宮本亜門さんの演出。

舞台上の演出は着ている物から、舞台の変わり様、音響と照明....心の内在する葛藤や表現をこれでもかと言う程の迫力でした。

主演は柳楽 優弥さん。

彼の事は「象に乗った少年」で有名ですが、彼をドキュメントした、その後の自分との戦いを「NHKの旅のちから」という番組で見て以来、興味をもっていました。

金閣寺の放火犯人を描く「金閣寺」主人公の吃音とのコンプレックス。

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様々な意味に於いて、人に言えない悩みを抱える私にとって刺激になりました。

そして、
これから国を超え、演出をするモンゴルの文化交流を改めて「なんて大事な事」にトライしようとしているんだろうと恐怖も感じました。

一緒に行った娘にはきっと理解出来ないだろう部分、様々なジェネレーションによって違った人生のアプローチ。

生きてなんぼだ。

帰ると爽やかなお客様おふたり。
大向さんと伊藤さん。

ネクタイを購入して頂きました。♡412

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2014年4月11日 (金)

消してはいけない魂

今回挑むプロジェクトは壮大で多少困難が伴うもの。

たった一回の為に行うのではなく、来年も再来年も継続して行う事に意味があるからです。
私にとって「女一人」細腕繁盛記の主人公のような船出。 ビジョンはでっかく、見た目はそこそこですが、内部はガラスで出来ていて、「些細なネガティブ」で折れそうな船。 そんな小舟が14日から現地入り、オペラ劇場視察から現地スタッフとの打ち合わせ、現地企業、ロータリークラブ日本大使館、モンゴル国立大学、モンゴルの横綱、現地の有名な歌手等との面会が分刻みで控えています。 良い物をやる事は大前提で、これを毎年継続する。 それはモンゴルとして初めての事になります。 折れそうな小舟でもやらねばならない使命感。 それは何なのだろう.....
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3年前にウランバートルに行き、オペラ劇場が日本人の捕虜が作ったと聞いたその瞬間からこれを出会いとしてスタートしている。 モンゴル大使との対談 長勢了治 著「シベリア抑留全史」原書房を手に入れ、その思いは「運命」に変わった。 何故そこまで苦労して私がやるのか! 5人の子供を産んだ母として、酷寒で「日本のために」消えた命を鎮めたいというそれが運命なのだ。
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こうして、モンゴルの人たちと文化の交流の中で、もう一度見てみたかったであろう着物姿のショーと日本の歌、太鼓の音、そしてモンゴルの魂の歌や音楽、民族衣装を大学生と継続し続ける。 その映像は当たり前に「運命」としてあるのだ。
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今日、フジテレビの知人に2時間以上お話を伺って頂き、私のドキュメンタリーは始動する方向になりました。 モンゴルでの交渉4月14日から6月24日のモンゴル日本文化交流40周年イベント当日迄。 人生の本番はスタートします。411_2

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2014年4月10日 (木)

髪だのみ

今朝、数日預けていたPINK CROWNを虎ノ門に行って、PICK UP。
奇麗になって帰って来ました。

色々忙しくて美容院にも行けないまま4ヶ月。
髪の毛はボロボロ....

と言う事で、今日は時間の合間を縫って、中目黒の美容院へ。

お客様がKIMONOネクタイをプレゼントにご購入。

美容院でカットして頂いたばかりの奇麗なヘアで記念撮影。
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何かと、イベントの主導者は大変だと言う事を痛感している今日この頃ですが、髪も奇麗になって、あとは神にお願いしよう。

明日はフジテレビに行ってきます。

由来するマークを帯に描いてみました。

着物は、渋い紫色に斜めに走る細い雨。

驚いて下さっても久手も、帯に絵を描くと言う行為は私にとって決意。
そして、おまじないの様な物。

それはまるで、戦に行く将軍の現被衣のようなもの。

毎日が全力。

いざ!
Good Luck me!!♡
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2014年4月 9日 (水)

エネルギー供給

今日はロータリーの例会でした。
例会の前に同じマークシティーでもウェストシティー11階に行く予定がありました。渋谷熱供給株式会社の訪問でした。
まるでダイハードの映画に出てくる様な、巨大ビルのエネルギー供給の内臓。

そのような所にこんな着物姿。
男性ばかりの職場に、男性ばかりの見学者。
本当にアンバランスが新鮮でした。
始まって以来、即ち私が初めての着物での訪問客人でありました。
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先日、ウランバートルの議員さん達が板橋にお越しに成った際、私も同席しましたが、その際にすごい塗装技術をCO2削減として使用すると言う話がありました。
酷寒のモンゴルの家の内側にこの塗装を塗り中の熱を逃がさないと言う考えです。

今日の見学で、高温の熱発生個所の説明のある箇所で、塗装しただけで触れられる様になった説明を伺って、あの時の塗装だと思いました。
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何かと、モンゴルの頭になっている昨今。

ロータリーの例会の最中、配られたロータリーのしおりをパラパラ見ていたら、今年の、米山学友会が初めてウランバートルに発足した記事を見つけました。

早速、米山ロータリー財団に連絡して、私のイベントの話をしました。
(日本で学んだ学生や社会人が作るコミュニティー。)
母体はロータリー。そしてウランバートルに在住している人ばかり。
しかも伺った所、そのうちの方で日本大使館で働いている方もいらっしゃるとか。
私は早速、財団にメールををして、タイミングが合ったら14日から18日のいずれかでその方々と会う事をお願いしました。

大学とロータリー。

社会貢献と教育。

道は多難ではあれど、道は険しい物であるけれど、財政難ではあれど、きっと大きな協力者とスポンサーと私の力で、毎年行う文化交流のイベントにしてみせます。

いくぞ〜

私の熱エネルギーは自分で供給します。10157307_714838455206052_5251223536

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2014年4月 8日 (火)

偶然と言う力

先日、大学院のゼミに行っての帰り際......
ふと、広報事務局で立ち止まりました。(何かに背中を押される様に)

以前、大学の新聞に取材を受けた事があり、担当者の名前を思い出せないままでしたが、事務所の中に----。
すると、「矢作さん」と声を掛けられて助かりました。
当時担当の助手の方でした。

モンゴルで文化交流のイベントを進めていて、今月の14日からモンゴル出掛け、国立大学を訪問して、参加と協力を図りに行く予定だと言う事を彼女に告げました。(勝手に何かが促す様に)

すると、凄い偶然が起こりました。
私が通う国士舘大学はモンゴル国立大学と姉妹校であると言う事と、大学院の池田先生はそこの名誉客員教授であると言うのでした。
彼女はその場ですぐに先生に電話下さり、私もすぐに先生の研究室へ。

またしても凄い事を聞く事に。
モンゴル国立大学の教授等がモンゴルから翌日、国士舘大学に来ると言うのでした。
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ーーーそして、私は今日大学の教授の方々とお会いする事になりました。

以前、モンゴル大使とお会いした時に描いたチンギスハーンとモンゴルの国旗を颯爽と締めて皆さんお会いしました。

皆さん歓迎して下さり、イベントにも力を貸して下さると約束してもらえました。

さらには私がモンゴルに行く14日の同じ飛行機の便でモンゴルに戻ると言う事.......その偶然には何かとてつもない大きな何かが流れているのではないかと思うのでした。
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中目黒に戻り、何かに背中を押される様にお花屋さんへ。
新潟の施設にいる母に「明るい色でまとめて下さい」と花を贈りました。408_2

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交渉と言うアナログ

今、私は自分主導で挑戦する「日本モンゴルの文化交流」のことで頭が一杯です。

これまで、震災直後のモロッコでの大学の中のファッションショー、毎年の温故知新ファッションショー......東北女性支援コンサートと積み重ねてきましたが、文化交流40周年という節目、国を越えての大きな挑戦は初めてです。
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昨夜久々に、嫁に行ったばかりの長女と末っ子と三人でディナーをしました。

ネット広告を製作する長女はめきめき腕を上げ、なんだか自信に満ちています。
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「私は目標になる人を常に自分の頭の横に置いているの。あの人だったら今は逃げない。だから正しい事は自分の言いたい事を言う。だから、一生懸命にスキルを上げる努力をする。あの人だったら、仕事は終わらせる迄帰らないから、今やろう...って風に」
そう言う長女は以前と違っていました。

「二日前、金美齢さんが仰っていたんだ『頭の中のファイルに入るのは大きな世界でないと将来何かをする時のデータにならない。スマホや携帯の画面を一日中見ていては、頭の中のファイルが小さいまま。電車の中でも周りの人々や景色、気配をファイルに入れるべき。広い世界で自分をもっと成長させなくては』って。アナログの体験こそ大事だよね」
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志を高くして、臨んでいる「文化交流」今正に私がすべてを交渉しています。
出演者との交渉、イベント会場、モンゴルの大学.....関わる人.......スポンサー.
寄贈する太鼓....あと二ヶ月はこのアナログの営業に死にもの狂いです。
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昨日は東大の河口洋一郎先生が研究室の方々と4人でお越しに成りました。
以前帯に先生の作品を描いた物を選んで、出迎えました。

条件の交渉です。
私が主導するイベントは何の為に誰の為に行うのか。

顔を突き合わせ、声に出し、挑む。
正に、アナログな真剣勝負なのでした。408

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2014年4月 7日 (月)

ファン

赤い色のパスポートは世界中の人の憧れ

この言葉を数年前に知ったのは「金美齢」氏のコラムからでした。

歴史があり、文化の深みがあり、何よりも品格がある「日本」。

2009年に台湾から日本に帰化。
台湾と言う国を捨てた訳でなく、世界中で日本と言う国が本当に意味で「強く」なって欲しいから。そんなメッセージに聞こえていました。

先日、お亡くなりになった「やしきたかじん」さんと親交が深く、関西圏の番組「そこまで言っていいんかい」の中では「金美齢」氏は我々が見習うべき存在でした。
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その金美齢氏の講演会があるお知らせメールに入った時にすぐに参加の返信をして、昨日はその当日でした。
私はこの講演会の場に講師として立ったこともあり、美齢氏と楽屋で一緒になれる幸運を手にしていたのでした。

心を込め、敬愛の念で描いた帯には日本人の誇りである「桜と富士」。

颯爽と出掛けました。
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帯を見た途端、「あらまあ」と驚かれ
「Tシャツに印刷してくれたのを見た事あるけど、帯は初めてよ...」
「これにサインして頂けますか?」に
笑顔で「いいえ。私には出来ない。しませんよ」

「では、記念撮影はよろしいでしょうか?」
「勿論」ととびっきの微笑みを頂きました。
故やしき氏の人柄が偲ばれるお話をお隣で目を見つめ合いながら伺えました。

「あなた、凄いエネルギーね」
「あなたは美人だけど、私には敵わないわね」
美齢氏80歳

生涯現役

「私は幸せよ。日本に来た時に4枚のマイナスのカードを持って来たけれど、今はね全部プラスになったのよ」
「若者はすぐに反応する事よ」
「私はこの歳で高い税金を払っているわ。誰かに求められている。しあわせの人生よ」
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鮮やかなピンクのジャケットで颯爽と400名の若者の前でマイクを持つ美齢氏。

力を頂きました。

サインの無い帯。そこに多くのストーリー頂きました。

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2014年4月 6日 (日)

手描き帯再開

昨夜の着物と帯です。 なかなかいい感じの組み合わせ。 鈴木会長も大喜びで。皆様の前でサインをして頂きました。 下村大臣の奥様も驚かれ 「実は大臣の絵も描いています。サイン頂きました。」 奥様も驚き喜んでいらっしゃいました。 Happy。 さてと、ファンの金美齢氏の講演です。 美齢氏の帯を描きました。 これにサイン頂いて参ります。 さて、どんな仕上がりで着物とあわせるか...明日UPします。506

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2014年4月 5日 (土)

金刀比羅宮

定期点検の為、今朝10時に予約していた虎ノ門のトヨペットにピンククラウンを持って行きました。

小さい傷を無償で修理して下さると言うので、火曜日迄預かってもらう事に。

虎ノ門駅から中目黒迄電車で行きました。

金刀比羅宮前を通り際、折角なので手を併せる事に。

何かと話題の虎ノ門。

「神様。私にお力を」405

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2014年4月 4日 (金)

桜の会

桜の会に行って来ました。

大臣以外は200名女性のみ。

これまでの様々なご縁が交錯します。

大臣のご挨拶で
「安倍政権になって評価されているのは経済と教育」
内閣府の評価だそうです。




※大臣の秘書の木村氏とのツーショット。
左の先生は秘書ではございません。違います。404

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ジャージ

ジャージが大好き。
一応、全日本学生選手権/インカレのチャンピョンでしたからね。

いつも我が家の娘達は私の洋服やバッグを拝借しているので、今日は三女のジャージをちょっと拝借。

いいでしょう?

さて、今日は昼間と夜、着物で行く所あり。

また、見て下さいね。

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2014年4月 3日 (木)

大学院再始動。

昨日は大学院に行かなくてはならない日でした。
しかし、今日無事に書類を頂けました。

一年間の休学の後来年の1月に向けて修士のトライ。

今年は初のモンゴル交流の他、色々とやらねばならない事優先しました。

久々の松陰神社。

雨にぬれたその風情に、なにか力を頂きました。

そのおかげか、なんと凄い繋がりを大学から頂きました。

偶然って恐ろしい。
というか、これも先祖の応援ってことかな?

ますます、気合いが入る大学院の4年。
もう待ったなし!!!03

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2014年4月 2日 (水)

観桜会

世田谷美術館付近で観桜会。

ロータリーであります。

行ってきます。Photo

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2014年4月 1日 (火)

出会いと戦勝の証

出会いは動く度にあります。

モンゴルでの「日本モンゴルオペラ劇場文化交流祭」を毎年開く為に、大変重要な太鼓を購入すると決めて出会ったのが、浅野氏でした。

三宅太鼓の津村氏に紹介して頂き、初対面が「三宅/鼓動太鼓のライブin 草月ホール」でした。

ライブが始まる僅かの時間に、ウランバートルに散った「シベリア抑留者」への鎮魂の話を熱く語った私に、共感とともに「ウランバートルで太鼓を叩いたと言う偶然なるご経験が、私の意思に初対面ながら合致したのでした。


石川県の白山市にある太鼓の製造工場で、一台一台.....一彫入魂、魂を込めて作られる太鼓の音は、日本遠く酷寒で命耐えた諸先輩方の魂を鎮めるに違いないと思うのです。
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契約が決まった時に
『モンゴル日本文化交流40周年の記念の太鼓をお納めできることを誠に光栄に存じます。かかわる全ての皆様に満足の頂ける品をお納めしたいと存じます。』
頂いたメッセージに同じ目的で共鳴した思いが形になる...その「力」をひしひしと感じるのでした。

そして後日、また大変ご丁寧なメールが届きました。
私の法人名 『トラディションジャパン』を『トラディショナルジャパン』と何度もメールに書いていた事への謝罪でした。

他の方もよく間違えるし、私はそんな事を全く気にも止めていませんでしたので「ぜんぜん気にしていません。反って恐縮です。」と返信していました。

そして、昨日送られて来た包みがこれでした。
落雁です。
『慶長六年。天下分け目の関ヶ原の戦いで、前田利家公が徳川家康公に戦勝祝い品として献上した祝い菓子。』
そう説明書きが添えられた金沢の諸江屋の落雁。

……どうだろう。

出会いから、魂が重なって、歴史をも漂うこの設えは。

浅野氏に「大きな先勝のエール」を送られたではないか......(感銘)。
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様々な出会いが日々私に起こる。

自分の芯がぶれていない限り、出会いから得る物は大きい筈だと思う。

昨日出席したコシノジュンコさんの講演会。

ジュンコさんに「是非、着物の事でお手伝いしてもらいたいの。後で連絡するわ」
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時代はInternational。
ニッポンを世界へは誰もの命題であり「プロデュースのセンス」である。

私は400年続くこの落雁の美を見て、ぶれてはいけないのだと胆に命じたのでした。331

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