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2014年3月15日 (土)

それぞれの記念日

昨日のFBに30年前、28歳で結婚し..と記載した所、全く私の意図しない所で『おめでとうございます』と友人の工藤さんがコメントして下さいました。

?どうしておめでとうなんだろう....と真剣に思って、あ、そうか30年というのは記念なんだと気付きました。

結婚を出会って翌日に決め、入籍にも5日くらい。
結婚後もお互いの目標があって、第一子妊娠と同時に三つ目の大学である医学部に入学した夫と6年間、東京と信州と離れた生活だった我々。

未だにお互い突っ走りつづける夫婦です。

確かに10年目、夫は小学生だった長女と「ダイヤの指輪」を購入しに行き、突然にプレゼントしてくれたけれど、20年目も気付かず、今に至っています。

だから、不満と言う事も無く、ただ7人の家族が健康で、一生懸命に生きていられることに感謝。

我が家では七五三のお祝いは長女の時だけ、おひな様も長女だけ。

2人、3人、4人、5人と増える子供の数だけ、生活という限られた24時間に必至だった訳です。でも、それに不満を言う子供達はおらず、2年間のアメリカの生活でもまた違った「感覚」の中で生きて来ました。

出会って3日目に頂いた指輪は39,800円の二連の指輪で、突然の事で本当に嬉しかったと同時に、人としての環境が膨らんだと言う実感に満ちて嬉しかったです。

新婚旅行は、四人乗りの車にお姑さんと義兄との北海道旅行。
青森からフェリーでたどり着いての日間の殆どが駅の野宿とキャンプ。

それでも、自分の環境が変わった事への新鮮さに満足でした。

医大生の間、体育教師だった私は、生まれた3人の子育てを誰にも頼らずに一人でやって来ました。住まいは6畳と四畳半。アルバイトでイラストも描いていました。(教師以外の社会を体験しました)

慌ただしいお互いの生活で、国家試験を一回で突破し、結婚後ようやく7年目で再び同居。

その後開業し、子供4人目の長男誕生とともに、私は主人の開業サポートに廻って来ました。

必至でのこどもを育て、5人目の子供が生まれて主人のクリニックも軌道に乗った末娘5歳の時にアメリカに私と子供の6人で渡米しました。

帰国後今に至るのですが、結婚記念日のこと等はすっかり忘れていました。

まるでメリーゴーランドの様な我々の人生に「記念日」は必要なかったのかも知れません。
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昨年の9月。

開業したクリニックが20年という時を迎えました。

「絶対に祝賀会はやらない」と言い張っていた主人を

「あなた。このクリニックは今年成人式なんですよ。私は5人の子供を生んだけど、みんな
成人式を祝うでしょう?一から立ち上げ『子供』が成人式なんですよ。どんな事があっても私はやりますからね。あなたが出なくともやるべきなんです!」と、全てをプロデュースして、大台風直撃の9月16日に明治記念館で挙行しました。

最悪の悪天候の中、主人の大学時代の友人や、20年間で出会った方々等、百名以上。それにデヴィ夫人まで駆けつけて下さいました。
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最後の挨拶で主人は泣きました。

きっと彼の涙を観た人は、私を含めて誰もい無い筈でした。
17歳、21歳、23歳、25歳、27歳子供の大きくなって.....私も成長させて貰っている。

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アニバーサリー それぞれの価値と強い思いの儀式。

私にとって健康で「目的」に進める環境を与えてくれる夫。

その日には特別な日の......これ迄以上の{感謝の言葉だけ} 言いましょう。
『ありがとう』

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「おめでとうございます」と言う言葉で気付かせてくれた工藤さん有り難うね。315br_2

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