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2012年2月11日 (土)

上田紬の味

三年前に出版した「御誂え」のサブタイトルは『市場の国際化が加速的に進む今日、日本らしさとは何かを提案したくなりました』です。

日本らしさです。

さて、最近の市場のテーマは「ローカリゼーション」になりつつあります。

とうとう、三年前の「御誂え」のサブタイトルの時代に突入です。

かつて日本の産業を支えて来た養蚕
「温故知新」の言葉も「資本主義」つまり大量生産の波に飲まれた日本の市場に
止むなく終焉を迎える農家も加速してきました。

確かに日本の絹は良質なのに、僅かばかりのそれは市場から消えました。
終焉を決意した農家以外のその大きな原因は「買い占め」でした。

専属契約の買い占めされる「日本製の絹」。

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私は思います。
何が本当に大事な「日本らしさ」なのかと。

『社会的資源を私有化し、資本という形で自由に取引できる社会』とするの資本主義において、買い占めは
常套手段なのでしょうが、そのためのバランス不均衡で起こる弱者末端の企業倒産をどう理解するのでしょうか?

末端に職人の技術があり、それを残してゆくことこそ「伝統文化」があるのなら、『資本主義」の自由競争以上の将来計画こそ日本政府が考えなくてはならない事だと考えます。
「選挙や政党」の維持に巨額な資金が必要な仕組みこそ、改めるべきだと思えます。
きょがくな資金こそ「資本主義の勝者」から流れていると思うからです。

結局、お金持ちのハンドルで政治も動く。

そんな事を考えていたところ、NHKで「上田紬」を紹介していました。


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正糸を取った後のくず繭糸。
太くてその太さが揃わない糸。
かつては「贅沢を禁止され、絹を着る事が出来なかった労働者」
くず繭を綿に見立て、着ていた紬。
その気心地は綿よりしっかりと強く、味がある。

上田紬は30年着続け、作業が出来るという。


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一本の反物はその歴史のストーリーを知っている。
技術と伝統は生きて、繋がっている。

守り続けるのは、資本主義のお金の数字でなく、このストーリーと職人の心じゃないかと思う。

「ローカリゼーション」は流行でなくて、まず「姿勢と数十年後を見据えたビジョン」だと思う。

プリントされた大量生産よりも味がある。
それこそローカリゼーション。

私は「伝統工芸品産地プロデューサー」です。


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