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2011年9月 1日 (木)

ラトビア大使館。そこであった偶然再び。驚きました。

今日は9月1日。
防災の日。
感総理大臣の最後の決定とも言うべき「防災の日」のイベントは道路封鎖。
僅か10分でしたが、交通網は大渋滞。
多くの警察官が「こんなに人いて無駄じゃない?」って心配する程。
公務員のお給料は税金ですから。
警察官にどれくらいの時給計算で給与を支払っているか分かりませんが、こんなに於く必要ありますか?
って程の人数でした。
家を出て車を800mくらい走らせてすぐに、通行禁止。仕方なく左折して細い道を迂回しながら、出た所ラッキーにも通行禁止の最後尾。
弱にガラガラの道路を悠々と走って中目に向かう事ができました。
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それにしても、一刻も早く空港に向かう人や、一刻も早く待ち合わせに行かなくてはならなかった人の苦痛は多くあったのではないかと思います。
道路の封鎖は皆の警戒心に強く残る手段ではあるけれど。あまりにも、強行過ぎてはしないかと思いましたが。どうでしょう。


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今日はラトビア大使館でサロンコンサートのオペラを鑑賞出来る日でした。
世界的な大富豪として名高い英国ロスチャイルド家第6代目の長女でソプラノ歌手、シャルロット・ド・ロスチャイルド様が日本でも馴染み深い歌曲を交えた独唱会と、これに引き続きロスチャイルド様やヴァイヴァルス大使閣下を交えた懇親会と言う内容の会でした。
先日お邪魔したモンゴル大使館に極めて近い場所ですので、中目黒からも余裕でいけます。
このお誘いはロータリークラブから。
私もカンツォーネを習っているので、このお誘いには早くから出席の返事を出していました。

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ラトビアはバルト3国、緑と湖に覆われた美しい国。
バルト海に面した首都リガは、13世紀にハンザ同盟に加盟し、ロシア内陸の毛皮や穀物を、西ヨーロッパ方面に中継した商業港湾都市。1974年に神戸市と姉妹都市関係を結んでいると言う事です。
ポーランド、スウェーデン、ロシアの支配を経て、1918年に独立し、後に第2次大戦後はソ連が編入、後にようやく1991年、独立を果たした国です。
人口約240万人で、国の面積6万4500平方km。
私も服飾歴史文化変遷を研究している関係で、イスラムだけでなくこういった歴史的服飾には興味があります。
ここに掛けてある服飾を見ているだけで、当時の人の様子やのどかな光景が目に浮かんできます。

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『夏がくれば想い出す....遥かな尾瀬の野の小径.....水芭蕉の花が咲いている...』
シャルロット・ド・ロスチャイルド様の声に本当に酔いしれました。
ロスチャイルド家は戦時中色々なご苦労もあった筈。
国家間の事情で民衆は翻弄させられた歴史。

日本の唱歌を中心に歌われた一つ一つ。
特に『芭蕉布』は私の大好きな歌。
改めて、私も歌いたいと思えました。
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アンコールで歌って頂いた『ダニーボーイ』。
この歌には戦時中、自分の愛する息子や、家族を巻き添えにしなくては鳴らない戦争への悔しさが込められていると思い、彼女の歌には遠い祖先の魂が寄り添っているのではないかと感じました。


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終わってからラトビア共和国のペリテリス.ヴァイヴァルス特命大使とお話させて頂きました。

大使は着物を着ていた私と一緒に写真を撮る事に喜んで頂けました。

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そして今日お越しになったゲストに株式会社東北新社の石川様もいらっしゃいました。
勿論初対面でしたが、石川さんがポーランドのクラシックミュージックの番組を...と言う話を聞いて、私がリオンであったポーランド人のピアニストの事をご存知でないかと、名刺交換しながら話をさせて頂きました。結局メールでポーランドのピアニストの件を送る事になりました。
奥様は草月流の師範のかたで、色々ご活躍されています。
私は草月の華道家で前野氏に9月9日の招待状を頂いていたので、草月にはご縁を感じました。

最後にもっとご縁を感じてしまう事がありました。

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7月24日にOPENしたというラトビアのアンテナショップがなんと中目黒アトラスタワーの3階に出来ていたと言う事でした。
本当に驚きました!!!!!!

正にそのビルの4階に主人の錦糸眼科が。
そして、44階でいつも対談をしているのです。
何と言う偶然なのか!

あきれてしまうのでした。

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