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2011年2月

2011年2月27日 (日)

Musicumのラジオ収録入り。久々の再会はYuki Ochiさん。

今日は東京マラソン。
昨年は車で出勤してしまい、五反田まで遠回り。
本当に散々な思いしました。
そんな訳で、昨夜は車を中目黒の車庫に置いて帰宅。
半蔵門線で出勤でした。

今日3時30分から赤羽のMusicumでラジオの収録でした。
この放送は編集後にLos Angels に送られて、4月3日に放送されます。そのアーカイブがネットでも聴く事ができる様です。
LAの方々が聴く日本の情報ラジオ。

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前方の二人がリード。
絶妙な掛け合いの合間に入る様な感じもトークでしたが、ラジオっていいな〜って思いました。
見えないからよけいに想像します。
声が大事。
そんな彼らはミュージシャンですから、声は抜群です。
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著書の「俳句の美」や「御誂え」の話から、ブランド立ち上げのいきさつ。
今後の活動の事。
途中、Derrick Jacksonも著書の翻訳の話で飛び入り。
英語と日本語の入り交じるトークも絶妙にマッチしていたと思いました。

その後すぐに中目黒に戻ると、久々にOchiさんが遊びに来ました。

彼と話をしてから、かれこれ一年経ちます。

お互いに同じ様な志を持つもの同士ですので、私も彼を応援します。
彼の様な人を7名くらい集めてディスカッションする「日本」。
計画を進めようと思っています。
勿論彼も中国にいるTAKも賛同してくれています。

来るべき日は、実現に向かっています。

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2011年2月24日 (木)

今日はエコールプロトコルの畑中さんと対談。そして日本ジャカルタ会に出席。

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11時からは田中さんと衣装の佐藤さんがお見えになりました。
畑中さんのお召しに成っているのは着物のリメイクドレスです。
鮮やかな青がお似合いです。
流石、モナコの海!って感じでした。
お話もご自身のご経験を沢山伺いました。
偶然と運命を聴いているうちに畑中さんの人となりがよく分りました。
モナコに行ったら彼女に会いに行きます!

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BNIの三森さんがお店に来ました。
One to One。三森さんはイメージコンサルタントをされています。
私はオータムかスプリングと言う事です。
3月3日にイメコンを受けに行ってきます。


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17時に四谷に行きました。
今日は初めての日本ジャカルタ会に招待されました。

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私以外は男性のみと言う事で、かなり目立ちました。
ジャカルタ駐在経験の方々ばかりで、元外務省の方も。
私以外の方々はご経験を懐かしむ様にインドネシア語も多く飛び交いました。

私はこれから。


224_7今日は本当にメインの様になってしまいました。

しかも私は新会員になっておりました。
次回も宜しくお願いします。


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2011年2月23日 (水)

今日は3名の方々と対談。

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小浜正幸様。
先日のCNW研究の勉強会で、講師をなさった小浜さん。
話を伺い、日本の高度成長期に日本とアメリカを結ぶ役割をもっと伺いたいと思いました。
対談の話に、すぐに乗って頂きました。
実行。
現場に行って、人と人のコミュニケーションを実際に結んだ体験は、世界感を広げます。
「Tradition JAPAN」のテーマとご自身の体験の接点を事前にご用意なさって、お話をして下さいました。
中東にも御詳しくて話は尽きませんでした。
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Do Justiceショップに戻ると、次の対談相手の川谷さんがいらしていました。
小浜さんと初対面でも、中東に御詳しい小浜さんとモロッコに詳しい川谷さんは意気投合。
繋がりました。


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川谷真佐江さん。
川谷ティースクール主幹。
先日のハワイ食彩でお茶のお話をお隣で伺っていたら、もっともっと聴きたくてお願いしました。
日本の作法であるお茶。
それが世界のお茶を入れる際にベースになっている様に伺っていたら、これもTradition JAPANだと直感。お願いしました。
私との息もぴったりで楽しかったです。


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最後は弁護士の高下謹壱先生。
先日一緒に能を鑑賞させて頂きました。
能を知る為に30冊も本を読まれたと言う話を聞いて、刺すが東大法学部卒と思いました。

私の主人がビリヤードを始めたときも、ボーリングを始める前もしっかりと本を購入して読んでいましたから。
似ているな〜と思いました。
私の主人も東大卒です。
ハイ。

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2011年2月22日 (火)

ようこそ!インドネシア大使夫人ビアンカさん/小暮さん/栗原さん

2220今日は恒例のBNI 早朝Meeting。
遅刻する夢を見てなかなか2:30分に目覚めてから眠れず、4:00に起きてしまいました。

6:17の半蔵門線で渋谷を目指し、今日も参加。60 秒と言う秒単位のスピーチに今日は、パソン画面一杯のストップウォッチが参上し、60秒過ぎには拍手が起るというシステムを頂きました。
なかなか秒単位と言う概念が無い生活にいる私たち。
しかし、陸上競技生活の長い私は0コンマの世界にいましたので馴染みはあります。

そんな中、今日の10スピーチの順番はFlower arrangementの小野さんでした。


222大学院の手続き補足の為、渋谷から国士舘大学に向かいました。吉田松陰の松陰神社前が最寄り駅。
足早に手続きを終えて、中目黒までタクシーで帰り、10時待ち合わせの滝沢さんと会いました。

222_2なんと言っても今日は少し緊張していました。それは、ビアンカさんがDo Justiceにお越しになるからでした。「外」のブルーのナンバーが付いた車で、お越しななった彼女と秘書。
無事に「きもの」をプレゼントして、色々な話をする事ができました。
無謀にも「Tradition JAPANの対談」の申し入れをしました。快く引き受けて下さったけれど「本当かな〜」秘書の方からメールを頂く事になっています。
彼女と私の会話は英語。

222_3お土産になんと、大使が総監修で彼女のプロデュースのインドネシアの服飾の立派な本を頂きました。大使のサインが燦然と輝いていました。私の大学院での研究におおいに役立ちそうです。


222_4その後の予定は、15:30。
先日のお客様の野口孝一さんが「カリスマシェフとして情熱大陸に出られた 小暮剛さんを連れてお越しになりました。
小暮さんと野口さんと私は44階の対談の場所で話し込み、気付くと次の約束の方の時間でした。

しかし、小暮さんのお話はとても共通した所もあり「対談」野打診にも快く受けて頂きました。
面白いお話が聞けそうです。

16:30前にお越し頂いていたのは、栗原さんと畠山さん。
お二人は、先日のアセアンセンターのファッションショーの時にボランティアでお越しになっていた方々でしたが、実は「法務省」の方々でした。

私の所にお越しになるのは、偶然にもおふたりとも中目黒が通勤途中なので。
「法務省」の方と言うご縁は全く想像もなく、始めっからインドネシア繋がりのご縁だったのが、肩書きを見てびっくりでした。

その名刺を拝見するまで「私は、肩書きで人を見ない。その方の経験が本当に見なくてはいけない所です」と声を大にしてお二人に話していました。

その後に出された肩書きに本当に驚いてしまった私です。


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2011年2月21日 (月)

奇跡的な再会。

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今日の予定はメラとレナと三人でインドネシア大使館に行く事でした。
先日のアセアンセンターでのファッションショーの際に、インドネシア大使の夫人ビアンカさんに着せた着物を差し上げに行く為でした。
彼女に良くお似合いになっていた事と「今度インドネシア大使館に行っていいでしょうか?」と言う言葉に快く受けて頂いたからでした。
英語のメールを、数人の方と交換した名刺の中から個人メールをお持ちの方(ビアンカさんに近しい方と想像して)その旨を伝えると、翌日に電話で「月曜日の2:30にどうぞ」と言われ、今日行ったと言う訳でした。
入り口で入念な身分証明とバッヂを頂いて、エントランスで待っていると「今日の予定には誰も矢作さんと約束している者がいません」と言う残念な結果でした。
それでも、本当に親切にいろいろな方に尋ねて頂き、私のメールを最後に見せると「この方は先日インドネシアに帰国なさった方です」と言う奇々怪々な結末でした。
「次回にします。どうもすみません----私の勘違いでした。」と私たちは帰ろうと立ち上がりました。

すると、エントランスの向こうに一台の黒塗りの車からSPと共に降りて来る背の高い素敵な男性と目が合いました。
暫くの沈黙の瞬間、その方から「Wao~! Long time no see -----」
奇跡的な瞬間でした。
その方はインドネシア大使でした。

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「Come here  Come---」と促され、私たちはSPを残して、エレベーターで直球のごとく、大使のお部屋に通されました。
事情を係から聞いた大使は「I am sorry----」と、すぐに夫人に電話し、驚いたたことに夫人を明日、をDo Justiceに向かわせるとおっしゃったのです。

221_4夢かと思いました。
こんな結末を誰が想像するでしょうか?

しかも、大使に「今度インドネシアに行くときは私にすぐに教えなさい。全てを私がオーガナイズします」とおっしゃいました。
まだ行った事の無いインドネシアですが、すぐに行きたい気持ちになりました。
「戸津教授のもと、大学院にこれから2年間、勉強しに行きます。私は54歳になりますが勉強します」
と言うと、目を丸くして驚いて「あなたは50歳を過ぎているの?そんなに可愛いのに!?」

「で、私は、子供も5人います。」
と言うと美人女性秘書レイナさんも驚いて、すっかりびっくり大会の様になりました。
何よりもびっくり大会だったのは訪ねた我々でしたが-----。

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2011年2月20日 (日)

これからはマキシ!!!新商品出来上がり。

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試行錯誤。妥協無し。
私の頭の中に湧いたNEXTアイテム。出来ました!


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後ろ姿もCOOL!!!

まだ、細かい所を修正する必要ありですが、90%は完成。

これからは夏もマキシ!
私的にはそう思います。

Do Justiceは3月10日からセールです。


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能の鑑賞と水素の講習。

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朝10時に高下先生と能の鑑賞に能楽堂に行ってきました。
朝10時の開始に間に合わせる様に着物をメラに着せてもらいました。
今日の帯は琳派模様。
尾崎光琳ですよ。この帯と今日の能の演目は関係があります!

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今日の演目は超豪華な俳優勢揃いで、なかなか無い取り合わせと言う事でした。
人間国宝の方々の舞や鼓を心で聞きました。
日本人を感じました。
しかし、65分と55分。そして25分の休憩無し鑑賞は流石に芽が閉じそうになる様なときもありましたが、最後の狂言は笑えました。
日本人の伝統はこうして脈々受け次がれなくてはと実感しました。できました。


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13時新宿の住友ビルで水素の話を聞きに行きました。


220_5ACCHEと言う会社は世界に発信するそうです。

220_6南部恵治会長と一緒に写真を撮りました。
水素大好き人間だそうです。
私もこの商品は気になります。
毛細血管に行き渡る水素。
私の今後をサポートしてくれそうです。

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2011年2月18日 (金)

大学院の入学手続き完了!初めての外国人記者クラブ。

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今日は18日。大学院の入学手続きの振込等、締め切りが22日。
忙しいので、振込に間に合わない事も考えて、書類を書いて写真も貼って、銀行にも行って郵便局にも行って。無事終えました。


0218_4今日の予定は夕方からの東京シンフォニア鑑賞。
田中あけみさんからお声掛けられまして行ってきました。
写真の背景のフラッグ。記者会見等で見られる「外国人記者クラブ」のものです。
0218_6歴史を感じる壁の写真達。
勿論、外国人記者から見た日本。知りたい日本。
政治だったり、スポーツだったり時の人を招いての記者会見の場所。
いつかここで私も「日本の伝統美--矢作千鶴子に聞く」なんて事になれたらいいな〜。

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ロバートライカーサンの指揮。

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2011年2月16日 (水)

偶然なのか劇的なのか必然か。出会いました!

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毎週水曜日の恒例。
今日はロータリー例会で、私は進行係でした。
メラがお休みだったので、今日は着物出なくて洋服。
大抵、着物で出席していたので、着物の生地を身に纏いたいと考え、いつもの様に通勤車中で閃きました。

中目黒に着いて、反物の中から鮮やか緑の縮緬生地を120センチくらいと黒留袖の余った生地でストールをレナに作ってもらいました。千鶴子のタグも付けて。

進行係の進行表に、本日の卓話ゲスト------「ハーブ&ドロシー」の映画監督/佐々木芽生(Megumi Sasaki)さん------とあり、いらしていたご本人に「今日の司会の矢作千鶴子です。宜しくお願いします」と社交辞令と言う感じでした。

その時は気付いていませんでしたが、佐々木さんは私に顔が似ています。


216_3例会の議事はいつもの様に進み、佐々木さんの紹介の後に始まった彼女の話。
その一つ一つ。私に直線で伝わってきました。
勿論「ハーブ&ドロシー」の映画に描かれている生きる事の価値観にも感激しましたが、彼女の生き方が「今の私の生き方」に似ている様に思いました。
映画は初めて。監督と言うよりこの夫婦を何とか世界中の人に知って欲しかった----と言う彼女。

彼女と私は勿論住んでいる環境や、仕事の内容も違いますが、人間としてカテゴライズすると一緒の場所にいる様に感じました。
女性の中にある「男性的な直線」「拘り」「話しているときの目線」

年齢葉私より年下ですが、私には妹がいないから「しっかりと自分を持っている強くて優しい妹」がここにいるようで、写真を撮っている時に何とも言えぬ幸せ感がありました。


0216こんなに「価値観」を考える映画を日本の配給会社は何処も相手にしてくれなかったそうです。
「今はハリウッドの映画でも映画館は一杯にならないのに、ドキュメンタリーで日本人の出ていない映画なんて無理!」「絵を売れば億万長者なのに、それをしないで小さなアパートで『コレクション』に拘る老夫婦....気の毒な人たちの映画だね」と。
彼女の友人でロータリアンの西村さんら友人の5人が「素人映画配給会社」を立ち上げて、いっさい費用をかけないプロモート活動で、フジTVの目覚ましテレビやNHKの番組で取り上げてくれ、東京は渋谷のシアターイメージフォーラムが期間中満杯になったそうです。

世の中に溢れるモノが沢山。
マスプロダクツから生まれるビジネス。
対人でなく対バーチャル人。
お金の対価しか信じない世の中。

こうして、誰の作品かという肩書きでなく自分の気に入った『閃き』で集めた作品のコレクション」は子供のいない夫婦にとって、財テクの対象でなく、あくまでも『自分』。
彼らの作品の作者達は時を経て、有名なアーティスト達になり夫婦の訪問に襟を正す。

夫婦がこの世を去る時、多くのコレクションは彼らの満足と共に寄贈先のミュージアムが決まっているそうです。

「生きる」と言う期間の「生き方」は「自分の経験が築く価値観」を誇りにできている。

卓話が終わり、閉会の点鐘。

私は佐々木さんの元へ「感激しました!」.....溢れる涙を見せない様に「ここにサインして下さい」と映画のチラシを差し出しました。

次回の帰国で私と対談して頂ける事になりました!!!!!!!

チョウannoyHappyでした。

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2011年2月15日 (火)

無事に早朝ミーティングに参加!

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昨日の雪の心配も、家を出た6時10分にはすっかり止み、路面の凍結も無く無事に渋谷にたどり着きました。

雪の影響で遅れた2分で、ラッキーな事にいつも乗っている23分の半蔵門線よりも一つ前に間に合いました。

余裕で会場入り。
今日は闇市パンツと半纏生地のトレンチコート。
半纏ベスト。
闇市バッグ。
中目黒Tシャツ。ダルマTシャツ。

60秒間スピーチで、私のブランドをPRしました。

今日も。
先週よりも一段とこの会合に溶け込んできました。

「矢作さんの事業と僕たちはどう関わる事ができるのか」
『そうですよね----そこですよね』
「矢作さんの進めている行程に何が必要かを書き出してみるといいですよ」
『そうか....』

私は今まで勘違いしていました。
出来上がった物を販売するとか、買ってあげるとか。
紹介するとか、されるとか。
そんな事はどうでも良い。

行程で必要とする事とそれを望んでいる事があった時に、お互いwin to winが成立するのだ。

そういう関係だったのか。

大きくなる事で、更に又その広がりも多様化するし、人脈も多様化すれば更にwin to winも生まれる。

今日、私のお隣の席で90秒間のone on oneで話して下さった、持永さん的確なリコメンド有り難うございました。

0215_2中目黒に戻って、この会で知り合い、沢山になった名刺の整理をしました。


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2011年2月14日 (月)

東京の雪

calen Blossoでオーダーした草履が出来上がったと言うので、六本木ミッドタウンのガレリア3階にメラとレナと三人で行きました。
Do Justiceを出ると、ドア越しに見ていたよりも雪の量が多くなって来たな-----------と思いながら、車で六本木に向かいました。

0214_3ミッドタウンは先日のユネスコ世界遺産指定の結城紬を観に来た時以来ですが、こうして車で一度でも来ると、行動半径が広がります。
ジカバージャパンに行って知り合った輿さん。その後すぐに対談して頂いたり、ジカバーの商品を見ていると色々な思いが寄り付いてくる様な気がします。

草履は黒の地に博多の鼻緒。

ここの草履は本当に履きやすい。
底がソールになっているのでカジュアルのイメージですが、素材や鼻緒に力があります。
正に「西洋と和の悦妙コラボ」。
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夜8時過ぎ。
気になっていた雪は東京とは思えない本降りで、新潟の冬を思い出しました。
B1で見つけた「銀ダラの粕漬け」を見て、雪と格闘しているであろう両親に配送してもらう事にして、東京駅を目指します。
雪---雪----雪-----snowsnowmist

東京駅で二人と別れ、自宅の駐車場のお隣の車に銀世界。
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明日は早朝のミーティング。
5時に起きます。
7時までに渋谷。
本当に大丈夫なのかな〜〜〜


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2011年2月13日 (日)

バレンタインデーと父親学級の相関

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2月13日の夜、我家のテーブル。広がっているコーンスターチやらアーモンドやら砕かれた各種のチョコレートと各種のビスケット。トッピング各種にパッケージ商品の数々。
ま、娘達(三女と四女)のジェネレーションには一大イベントでしょうからと、仕方なく傍観。

「誰か私に手作りチョコ下さい.....彼氏に約束したけど、時間がない.....」
とハイエナの様な長女も参上し、到底、夕食の出来る状態ではありませんでした。

被害者は長男でしょうか?
彼にチョコレートを渡す女の子がいるとも思えないし----。

兎に角、2月14日のイベントは日本国中、すっかり森永製菓の思惑だった以上、定着しました。

アメリカに住んでいた時の St. Valentine's Dayは違いました。

登校した教室。突然現れるイケメンの男子5人に囲まれる長女。
5人が長女に向かって「Pretty women heart04♬♪」と歌い出し
最後に「From somebody ♪」と言って去る----彼女を慕う男子がイケメンにお金を出して、仕掛けた事。(ちなみにこういう事を先生も公認で、喜んで見ています)
とか、
「先生いつも有り難う!」と言って、小学生が担任の先生に、道に咲いていた花を摘んで持って来る----とか、
旦那様がバラの花一本もって来て奥様に上げ「何時も感謝しているよ」
とか、
町のモールにはバレンタインカードが沢山並んで、それを買って渡すとか......

日本の様にWhite dayでバレンタインデーのお返しをねだる慣習はありません。

日本の「不易流行」はこの様な宗教や慣習にある意味を無視出来る、心の広さと寛容さがあるのですね。
しかも、お菓子会社の「この仕掛け」は一気に、産業として市民権を得る。
当然マスコミも煽る協力の元に成り立っていますが。
ある意味、内需の拡大を貢献になるのでしょうけど。

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この写真。
私が24年前に里帰り出産した長女のもので、25年前にお世話になっていた日本エンジニアリングの小林社長に里帰り先から送ったもの。
あれから、本当に遠い思い出に値する月日が経ちました。

2月11日、小林社長から、「矢作さん懐かしい写真が見つかったので御持ちしますよ」と言って持参されたものでした。

この当時の日本にも、段々と男性も出産に協力しよう!子育てに参加しよう!!
と言う動きが出始めていたかと記憶しています。

ビデオカメラを陣痛室や分娩室に持ち込むとか、陣痛室で呼吸を一緒にしてあげるとか。
父親学級も出始めていました。

しかし、私の意見としては、陣痛室も分娩室もそこは女の聖域だと思っています。
(相撲の土俵の様な所?)

確かに、陣痛は痛い。相当に痛い。その痛みを感じているときは『男はずるい!不公平だ!!!』とも感じていました。
でも、太古の昔から父親学級等なくとも出産は行われていました。

聞く所に寄ると、この父親学級は行くのに、けっこうなお金を毎回払うそうです。
友達の旦那さんが参加していると「そうしない事は旦那として失格」と思う様です。

父親には、一緒に分娩室に来て頂くよりも、子供の為にしっかりと仕事に勤しもうと自覚を持つ方が、重要な要素と私は思うのですが......。

white dayのお返しを当てにするお菓子会社のイベントより、道ばたに咲く花やイケメン。
父親学級よりも父としての仕事に対する責任と向上意識。
そっちが素敵!

私の個人的意見ですが、そう思います。
あくまでも個人意見。

明日はバレンタインデー。
手作りではないけど、私も5個買いました。
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何処に行っちゃったのか大雪警報。ディスカス産卵。

02134東京は見事な晴天です。
見事に育った東京スカイツリーが目と鼻の先程にある我家。歩いて数歩の駐車場からスカイツリーを毎日見ての運転です。
すっかり雪の心配も無く、輝いています。こんな日はウキウキ心も軽くです。今日は2月13日日曜日。

昨夜「お母さん、アーモンドダイスって言うのどこかで買って帰って来て下さい」と言う末っ子でした。

そうです。
今朝の部活に「More than 15」ものチョコレートを持参する為、昨夜、テーブルの上をチョコレート工場状態にして作ったのでした。形はともかく味は美味しい!私のパソコンの画面にチョコの作り方が残っていました。

そんな末っ子の為に、おにぎりとおかずを朝6時から作って、見送り、ふとベランダの水槽を見ると、ディスカスが卵を産みつけていました。
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熱帯魚好きな方なら誰もが知っている「熱帯魚の王様的存在」それがディスカスです。
この魚は本当にハマると怖い魚です。
かつて我が家(主人)はこの魚にハマり、熱帯魚店まで作ってしまいました。
水換え必須。水温ナーバス。アンモニアナーバス。
ディスカスを飼い始めて、1年後くらいで産卵する姿を見た時、熱狂しました。
「その半面、臆病なくらい産卵したツガイは攻撃的になります。
産卵後、ツガイで交代しながら、胸びれで水流を卵に掛けます。
毎日毎日....そうしていると、卵から小さなオタマジャクシの様な稚魚が登場します。
その稚魚は驚いた事に、親の体から出る白っぽいミルクの様な液体を栄養とします。
ですから、体に無数の稚魚がくっついて泳ぎます。

そうそう、思い出します。

しかし、どうでしょう。
この水槽には、エンゼルフィッシュやネオンテトラ、貝類やエビもいます。
そんな環境で気にもしていなかった時に......の産卵です。

嘗ての神経質な環境は何だったのでしょうか?

期待して待っているより、放っておくほうが案外うまく行く。

(深夜まで息子の部屋の明かりも点いていました。)

なかなか購入して以来覚えようとしない主人に、アドビのIllustrator とPhotoshopのノウハウを教え、家を出たのが11時。

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サングラスが無くては運転も出来ない様な日差しの中、中目を目指して運転。
今日も一日ありがとう。


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2011年2月12日 (土)

大学の同級生からの便り。

息子の学校に今朝行きました。
先日のブログに書いた「卒業出来ます」の報告にも関わらず「土曜日の朝8時20分までに学校に来てくんない?」と言う息子。
「え〜〜〜〜!!!!っ。それいたいどういう事よ?あんたまさか、やっぱり卒業出来ませんでした。ってこと?」
「それも含めて先生の方から話したいんだって。だから、お母さんは『はい』って聞いているだけでいいから」
「---------と言う事は卒業出来ない可能性の方が強いのね。(結論を急ぎたい年頃の私)あのね、そんな話、重大でしょう?今日聞いて明日なんてないよ」
「そう-----じゃあ、来なくていいよ。」
-------と言うやり取りの今朝、結局私は息子と一緒に行きました。

実は前深夜、メールをチェックしていた時のこと。
前日までのブログを読んでくれていた兵庫県の大学時代の同級生から届いていました。
『息子さんの卒業良かったですね』
-------私は誰に読んで頂いているか分からないブログに息子の事を書くなんて「ひどい母という中傷」も覚悟の上で書いているので『また、卒業出来ないっ------てことになったら------面倒な事を書いてしてしまった......』 と少し後悔しながら読んでいました。

「家族って良いものですよね。前回、妻と息子と息子の嫁の写真を送りましたが、実は俺にはもう一人長女がいます。」とありました。
さらに「長女は重度の障害があって一緒に住んでいません」と続き「親として一緒に住んでいない腑甲斐無さはあります。でも、俺は娘を日本一愛しているし、彼女もそう思ってくれています。」
--------とありました。

私はそのメールに「人としての礎」を教えてもらった気がしました。彼に本当に感謝しました。


学校に着くと、私を見つけた担任の先生が爽やかな笑顔で「矢作さ〜ん」と手招きしていました。
「矢作さん。-----すみませんこんな事になっちゃって」
『こんなこと----?』

応接室に通され、
私と息子の対面に担任の先生と副校長先生の代理の先生。
かしこまった空気の中、固唾を飲む息子と私に
「色々検討の結果、卒業させる事を見送る筈でしたが、3年の先生方の強い希望で、3月までの課題を終える前提で、息子さんを卒業させる事にしました」
担任の先生も頭を下げながら嬉しそうにうに頷いていました。

しかし、もはや息子と言うより「人として何が大事な今なのか」そう思っていた私でした。

感謝しつつも『この子の試練の結末はこれで良いのだろうか』
と考えていました。
副校長の代理の先生曰く、息子の為に多くの先生方が卒業させる方向で応援して下さったとか----。
私は母としてと言うよりも「人として」息子と今後も更に接して行かなくては。

そう思いました。

担任の先生と私は同世代。数回しかあっていませんが。ご苦労なさっていながら明るい。本当に大好きな方です。
この先生に出会った息子。
今日から頑張れよ!

大学の同級生からの便りの最後に添付された昨年の北アルプスに登った時の写真。

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青く澄み渡たり、眼下の景色。
彼は常に、離れて過ごしている娘さんのことを思っているんだと思いが伝わりました。


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2011年2月11日 (金)

中目黒夫婦殺傷事件解決。エジプトのムバラク首相の辞任。

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いつもの様に通勤の車から見るエジプト大使館。
ムバラク首相の決断の辞任。

現地の報道番組に、民衆のカリスマでエジプト出身のGoogle 社員が出演していた際事、
「今回の呼びかけに集まった民衆の300名が死傷しましたが..........」と訊いた時、彼は突然号泣し、その場(スタジオ)を去りました。
悲しむ母親の姿.........死んでしまった子の親にしてみれば、命を落としてしまった息子の未来をもぎ取られた訳ですから、エジプトがどうなって行くかなど、もうどうでも良い話だと私は思いました。

その場を去ったGoogle社員もその志と現実の狭間で悩んだ結果の態度だったのではないか.......と思いました。
人としてと言う前提で考えるならば「礎」は何なのかが見えて来る様に思います。

やはり「地球人としての教育」が、ムバラクさんにも軍にも、そして民衆にも、地球で生きる我々にも必要なんだと痛感するのでした。


今日は雪です。
東京も雪です。
日本海側の新潟の我 故郷はとんでもない大雪で、80歳を裕に超えた両親もこの雪と格闘しています。その年で、屋根に登り、雪下ろしする 例外でない一人です。
父84歳。

息子に「ねえ、おじいちゃんとおばあちゃん屋根に乗って雪かきしてるんだよ。あんた、大学受験の件が落ち着いたら、新潟に行って雪かきのバイトしなさい。バイト代はお母さんフンパツして払うよ」
と、まじめに言います。

いつか、新潟の母との電話で「うちの子を雪かきに行かせようか?」と言った時
「駄目だね、慣れてないと。指導しないと出来ないよ。経験ない人には出来ない」
と82歳になる母に諭されました。
--------でももうそういっている余裕も無いでしょう。
東京の雪騒ぎよりも、深刻な日本海側はまた大雪と言う事ですから。

そんな東京のここ中目黒で起きた「夫婦殺傷事件」の結末。
『中目黒はお金持ちが住んでいそうだったので、決めた。その中で金持ちそうな家を狙った』
という理由でのあきれた男の犯行だった。

借金が数百万円あったそうです。

エジプト国を良くしたいとデモに参加して落とした「命達」
借金を他人から盗んでと言う理由で殺された「命」
それらは本当に尊く、地球人として同じ重さです。
そして「人間」に奪われた「命」です。

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通勤で六本木も通ります。
六本木界隈は大使館が多く、日本との国交間の問題に納得いかない問題が起きると敏感に反応する団体の車を入れまいと、無数の機動隊が出動して道路を封鎖します。
特に最近は北方領土にロシアのメドベージェフ大統領が行く事も多く、その度に警備も厳重になります。
「日本人として」そこをどうするか「過去の調印」を含めた歴史を毅然とした前原さんの言動に期待するのですが、今回の訪ロでも筋が見えませんでした。それを敏感に受けた団体からロシア大使館を守る為の機動隊の光景は頻繁です。

過去の歴史にある犠牲は浮かばれません。前原さんの賢い会談、筋を通して下さい。

エジプトも民主化運動の犠牲になった人々の為にも「無駄」にならない方向を期待します。

さて、サウジアラビアに再度行く計画は「エジプト経由」だった私。
この一件で、行く事ができるのか分かりませんが、今月の予定は来月にした方が良さそう----ですね。

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2011年2月10日 (木)

サウジアラビア大使館とモロッコ大使とのランチとエコールプロトコル。

今日の一日は非常に内容の濃〜い一日でした。
朝はムサさんとの約束。主人と一緒に11時サウジアラビア大使館。
主人の方とイスラムの友好関係も順調に進みました。

さらに、ここで凄いことが起りました。
「大使館の中でのファッションショーの企画」を水面下で進めて頂いていたことが分かりました。
清水さんと言う女性がその企画の担当者と言う事をムサさんに聞いていましたが、一昨日大使館に電話したときは「急ぎでしょうか?」と窓口の人にあしらわれていた感じでした。

今日たまたま清水さんに会う事ができて「大使の方からも矢作さんの件をよろしくと言われていますよ」と聞きました!!!
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本当に感激でした。ここでコシノジュンコさんも最近ファッションショーをされたそうです。
私とは認知度も、桁もスケールも違う方ですが、「日本の誇りとする着物の反物を世界に」の心意気はでかい私です。
清水さんに会場の照明、音楽もかけて頂きました。
広い会場に響き渡る音響の良さに、照明の良さに、思わず自然にモデルになりきって歩いていた私でした。

必ず実現する!そう思いました。
サウジ大使間を後にして、13時に六本木ヒルズのヒルズクラブでモロッコ大使と会う約束に車で向かいました。

02100モロッコ大使に頂いたここでの大使だけのメニュー「エンゼルヘアー」つまり、細ーいスパゲティとホタテのアラビアータだそうです。少しお裾分けして頂きました。
ここで日向さん(前アメリカ特命大使/前モロッコ大使)とモロッコ大使と秘書さんと4人の昼食のトピックは私のモロッコ行きの際の段取り。
秘書の大和田さんとも話が弾みました。フランス語と英語と日本語が飛び交い楽しい会話が続きました。結局、私のモロッコ行きは5月。その時期に丁度、筑波大学の方々がモロッコの大学へ研究で育予定があるのでそれに一緒にできればと言う事と、その間で私のスポンサーを探せると言う事でした。
「親善大使」として「日本の伝統」を着物で伝えます。


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ここの眺望は最高で、東京一。でしょう。
しかもヒルズクラブ。誰でも来れません。
そこに一人でカウンターランチをしていた女性が私の姿を見て「そのドレス本当に素敵ですね」

0210_5「モロッコのカフタンと言うのです。こうしてフードを付けるともっと素敵になります」と気分はすっかり親善大使でした。大使も見ていました。
良かったです。

次は日向さんが青山の畑中由利江さんを紹介して下さると言うので、日向さんは電車で私は車で向かう事にしました。
本当に素敵なエコールプロトコル。
マンションの一角。
畑中さんは東京とモナコを拠点にご活躍。
一緒に話すのは初めてでしたが、話が弾みました。
もっと聞きたい。
「対談に出て下さいますか?」
「喜んで」
しつらえの話が出来そうです。
帰りがけ頂いたお土産は「まゆ最中」繭の形をしていました。ちゃんとTradition JAPANのサイトをみて頂いていました。脱帽!

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2011年2月 9日 (水)

大学院の合格通知と息子の卒業

111111111これから広がる新たな挑戦の切符が届きました。
何はともあれ、今やっている事を学術的、学際的にかつ歴史的にそして政治的に服飾文化を探求して行ける切符です。
今年は色々な国に行きますが、訪ねた先々で服飾ミュージアムに寄り、それを並べるだけで歴史が政治が服飾の流通(技術や手法や模様や形)をたどる事ができます。国と国。どうやって渡ったのか。誰が?何の為?
ワクワクする修士論文が出来そうです。

さて昨日書いてしまった、息子の「卒業」大丈夫そうです。

「高校を卒業出来なかった事で頑張ろうとする息子」を持つ経験が出来ないようで.....、安心しました。(cafe)

いろいろあるけど、話を沢山して、彼を大人の力強いMenにしたいと思っています。

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いろいろあった今日のロータリー。丸山おさむさん登場。

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今日のきものは「十日町の山田織」それに掛け襟の黒を付けて。半襟には繻子の大胆な花柄。
帯は塩瀬のチョウチョのモチーフ。(辰田屋さんの制作)帯裏は海老茶の地に金糸の象形文字。

なかなか様になっています。

何時もスタッフのメラ(小高京子)に、私の顔色や場所や、私のイメージで着物を選んでもらい、着付けてもらいます。それは洋服には無い事ですが、彼女も嬉しそうに考えてくれるので、私も嬉しいひと時をかけて、人に会うので「御誂えの心」を持てます。

形の同じ「着物と言うファッション」に帯、帯締め、帯揚げ、帯留め、襦袢、草履の色合わせと生地合わせと柄合わせという幅の中で、生まれるオリジナルが着物の楽しみです。
最近、その他に「半襟」と「掛け襟」と言う新たな掛け合わせのトピックを見つけたので、レパートリーが広がりました。

今日のロータリーは「神奈川東ロータリーとのバナー交換報告」「歌の練習」「ニコニコ募金」等に加えて私が呼んだゲストの「丸山おさむ氏」の事もありバタバタ。矢野弾さんに会いました。
「あ、矢野さんお早うございます!」「はい。今日は時代劇に出て来る人みたいですね」
「はい。そうなんです。有り難うございます」

「江戸時代に出る捕物帳の女将みたいですね」とおっしゃる方も。

私がこうしているだけで、時代の空気を運んで来る.....それも、伝統文化の伝承者の役目を果たしている様な気分です。
伝統文化継承には、生活の中にそういう視覚から来る刺激を受ける事は必要なのかもしれません。
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さてそんな今日のゲストの丸山さんはこの場に「昭和の空気」を呼んでくれました。

持ち時間は13:30の所、13:45まで熱演でした。

30分の演技は普段からすると彼にとっては相当短い時間だったと思います。
しかし、昨日のBNIのように60秒間スピーチに慣れている私にとって、30分の時間内のパフォーマンスは決して短い時間でないと感じました。
物は考え様。

人生は短いようで長いもの。

今朝、久々に息子と車の中で聞いた寝耳に水の話。
「....それでね、俺卒業出来ないかも」
「はあ〜〜〜?!?!」

「親は関係ないよ。自分の事だから」
「あのね〜3年間が無駄だよ`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!;:゙;`(゚∀゚)`;:゙(*^ー゚)b!!( ^ω^)ヽ(*≧ε≦*)φ......」

「そう、ごちゃごちゃ言われても、色々あるんだよ。9月の大検受けて、大学受験って事も出来るし。」
「あんたね、大検って簡単じゃないよ!どうして短絡的に考えるのよ」

母である私としては失敗の様に見えるけど、人の成長も様々でそれぞれの時間の長さは色々あります。
大事な時期にアメリカに行っていたり、彼にとっての人生は今大学よりも土台の所で考えなくてはならない時期だと自分で気付いたのかも。

5人の子供が何ら病気一つ無く大きくなってここにいる。幸せな事だ。
母親として、その健康で大きくして頂いた子が「卒業出来ないかも」と言っています。
「ごちゃごちゃ」言える体験を私は出来た。
色々悩んでいる事態を息子が経験している。
息子はまだ18歳。
戦火でない時代だ。
健康だ。
幸せな経験じゃないですか。

一生一回ならば、その時間内を有功に出来る筈。
貴重な経験を活かして、親子共々頑張ろう!
過去は過去。
今日からだ!!!

死んで花見は咲かない!
生きているうちに経験を重ねよう!

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2011年2月 8日 (火)

早朝5時に起床。今日はBNI meeting。

208入会した事に少々後悔していました。
朝がしんどいと言う事ではなく、タダでさえ忙しいのに、時間の拘束は致命的でないか.....自分でやっとなのに、メンバーの為に何が出来るのか?等等....
しかし、今日はそんな心配をよそに、とてもその場の空気が良かったのです。
本の些細な空気感。不思議な物です。
それにBusinessとして、サービスやものを提供する事でお金に換えると言う世界にあって、この様なメンバーシップは私にとって必要活、工夫の場である様に思えました。
頭で考えるだけでなく、実際に行動に移す。
残念ながらBusinessにおいてはそこが欠けていました。

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今日の10分スピーチはコピーライターでクリエイターの持永さん。
いつも我々は60秒の時間内で自己紹介を毎回しますので、この600秒は、微妙な時間に感じます。長いと感じれば長く、短いと感じれば短い。
時間の貴重さをいずれにせよ感じます。
持永さんからの抽選プレゼントに私は当たりました。
本当に嬉しかった!
全く期待しないとこういうこともある物です。
素敵な万年筆頂きました。本当に有り難うございました。


208_3そして、今日はメンバーの新田龍さんの出版初日。この本を購入しました。
第一印象は本当に大事ですし、一期一会の心は大事にしたいですから。

その後、今日はメンバーの株式会社ディボーションの勝又さんにDo Justiceに来て頂きました。
偶然にも錦糸町の方で驚き、これから色々縁がありそうだと感じました。

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2011年2月 7日 (月)

相撲ーー伝統と興行の狭間で。

21錦糸町から車で通勤している私は、毎日両国国技館を通っています。「八百長相撲」が話題の昨今。国技館の前では沢山のマスコミ車の待機や、リポーター達が右往左往、往来しています。
大麻問題、野球賭博、そして八百長相撲と。
財団であるが故に、力士には「清廉潔白」を求める傾向です。
政治にもつきまとう利権=お金。その回路は「八百長」が常套手段という構造を疑問無く作ったのでしょう。
野球賭博問題の時にどこかの評論家が「昔は、土俵上で勝った力士が報酬を受ける際に手でやる三つきり、あれは『飲む、打つ、買う』」と言った言葉が印象的でした。
歌舞伎役者である海老蔵さんも「芸の肥やし」を今まで習って来た訳で、世の中を熟視すると言う筋からすると普通だったのかもしれません。
双方とも「日本の伝統」というブランドの下で行なっていて、相撲はアマチュアにもあり「清廉潔白」でないと教育上においても襟を正す必要があったのですね。

そんな、大にぎわいのマスコミに山崎正さんが登場していました。
12月1日に名刺交換させて頂いています。

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携帯電話....便利な道具は秘密の交渉ごとも難なく出来るも、証拠は残る。
昨今のチュニジアからエジプトに飛んだ騒動もソーシャルネットワークで始まりました。
便利な道具の代償は殺し合いにまで派生してしまったと言う事。

使う人の思いの強さ以上に、その後の代償まで考える賢さあってこその、便利グッズが使える資格なのだと痛感します。

ハードのインフラ以上にソフトのインフラが必要だった現在のネットビジネス。

これからどうなるんだろう。

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2011年2月 6日 (日)

勉強会

106今日は日曜日。普通の方なら休日 なのですが、私の場合ほぼ毎日中目黒出勤です。だいたい、まだまだ何も結果を出していない駆け出しの事業に休日もありません。働いていた方が休養になります。
今日はCNWネットワークの勉強会です。
特に今日はアメリカの社会で日立製作所の駐在として一戦でご活躍された「小浜正幸氏」と言う事で、参加しました。
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まだブッシュ大統領が州知事時代に社会貢献活動を通して親密になったとか。
ビジネスと社会貢献。
仕事とプライベート。
人となりは、社会貢献やプライベートの方が繋がりやすいですから。

私は「日本の文化」「古き良き日本」をご先祖さんのプッシュなのか、本当に取り憑かれてしまったかの様に一生懸命にしています。
結果の出せない駆け出しですが、この「ひととなり」部分では沢山の人脈を得る事ができました。

Tradition JAPANの対談には「出演料」を求めない同士の方々が一生懸命に語って下さいます。

そういった繋がりは、いつになっても嬉しい限りです。
しかしBusinessと言う部分にはなかなか結果として持って行くには他のチャンネルが必要の様です。
「小浜正幸氏」の90分のお話に私の体験が重なり、その舞台がアメリカ合衆国の黄金時代だっただけに、私のご先祖がまた私の背中を押している様に思えました。

次女もサンフランシスコにいて2年間の生活もあるアメリカは私にとって近くて遠い国。

206話は現在のオバマ大統領の話。彼の出生とアウトライン。
中国とアメリカとの関係からエジプトの市民暴動と中国への影響。そこから始まる日米の関係。千載一遇のチャンスを逃す日本の政治。アメリカの民主党と日本の民主党。中東諸国とアメリカの関係。

まさに私がこれから直面しようとする地球儀が話の中で廻り始めている気になりました。

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2011年2月 5日 (土)

今日は大学院入試でした。

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今日が一つの節目になります。
今日13:00から筆記試験。
その後14:50に面接。

ひたすら頭にある事を筋道を立て、日本の歴史に沿って自分の考えを書きました。

結果の報告は又後ほど!


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2011年2月 4日 (金)

神奈川東ロータリークラブにメイキャップ。

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ここのところの色々なイベントや主人の入院等で世田谷ロータリーに行く事ができていなかったので、知り合いの矢野さんのいる神奈川東ロータリークラブにメイクアップしてきました。
歓待して頂き、バナーの交換も皆さんの前で行い、有意義でした。
卓話の方も興味深い内容でした。

世田谷ロータリーにも取り入れた方が良い試みもあったので、今度提案させて頂こうと思いました。

終えてから、三女と横浜で待ち合わせて、中目黒まで一緒に行き、主人に渡すものをお願いしました。
明日は大学院の面接試験の日なので勉強します。


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2011年2月 2日 (水)

ムサ ムハド オマル氏は元スーダン大使。学ぶべき日本の心を分かっていらっしゃる方でした。

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オマル氏にお会いするのは今日で三回目です。
一度目はサウジアラビア大使館でバッシーさんにオマル氏を紹介して頂いた時、二回目は主人をサウジアラビア大使館に連れて行ってオマル氏に主人を紹介した時、その後に対談の話をお伝えしたら快く承諾して頂き、今日三回目。
不思議とオマル氏は私にとって懐かしい感じのする方で対談も受けて頂ける様な気がしていました。

元スーダン大使で、元サウジアラビア大使。そして、日本イスラムの団体のまとめ役的存在の方です。

日本語が堪能で、来日したばかりの40年前のエピソードや、大使時代に最も大事にしていた事など、ひとつひとつ的確にかつ柔らかくお話して頂きました。(後日Tradition JAPANの対談でご覧頂けます)
私の様に、今後国際的に「日本のきもの文化あるいは伝統的文化を世界に」と考えているサイドには本当に有意義で尊敬出来るお話でした。

途中、何故か涙が出てきました。それは国境を越えた所で「人」として心がシンクロした様に思えたときでした。
私にも誰にも自分の生まれ故郷があり父母がいて(誕生の軌跡として)、心には沢山の記憶と祖先から受け継いで来たスピリットがある......そのどこかにヒットしたのだと感じました。

とても不思議で、私が日本人なのか地球人なのかと言う様な感覚でした。

今までの私の活動の軌跡はこの様な出会いの奇跡を用意してくれた......私のこれからはこのような素晴らしい方々のお話で大きくなって世界に「心」として羽ばたける。そう思えた一日になりました。
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対談の後半まで御誂えのネクタイをお渡しするのをすっかり忘れていて、ネクタイを代えて頂きましたが、その色そして模様がオマル氏の持っていらっしゃるオーラを大きく放って、私の見立て通りでした。


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偶然の出会いで対談に。輿さん有り難うございました。

22輿千珠子さん。おきちずこさん。
先日1月30日に六本木ミッドタウンで行われたユネスコ結城紬の帰りに、お会いした大島紬の関係の輿さんに対談の依頼、お受け頂いた事が教実現しました。
本当に初めてお会いしたときから、何故か前から知っていたかの様な感じ。
この時の対談の様子はTradition JAPANのサイトで近々ご覧頂けます。

大島にせよ結城にせよ、本当に日本人の手技は素晴らしい!


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沢山の方々の伝統と文化伝承はまだまだ知らない事だらけ。
不易流行.......その言葉がふと頭をよぎりました。


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